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推しを観ながら飲む酒は美味い

若手俳優を追っかけてる三十路

私は後悔したくない

前回の記事にスターがたくさんついて驚いた。

beeeni0825.hatenablog.com

こんな愚痴を吐き出した記事を閲覧し、スターをつけてくれて感謝しかありません。ありがとうございます。
こんなマナーについて云々言ったので、自分ではマナーを守ってると思ってるけど、改めて自分自身を見直そうと思いました。
誰かに迷惑をかけてまで観劇したいとは思いません。

 

 

最近の記事はお口が悪かったので、今回は楽しい話を書こうと思います。
と、言ってもなにが楽しい話なのか思いつかない…楽しいってなだろう?
板の上に立つ推しを見て楽しいと思う。推しがツイートすると嬉しいと思う。推しがブログを書くと指先が踊りながら画面をスクロールしている。
けどこの楽しいって本当に楽しいなのかな?と、ふと思う。
楽しい半面、その裏にある恐怖を感じてしまう。
この恐怖っていうのは、完結に言えば「死」である。

 

 

私は元々バンギャ(ビジュアル系を好きな人のことを言う)で、好きなバンドがあった。
10代、20代はそれにすべてを捧げてきたと言っても過言ではない。
そのバンドはずっと解散する、次は解散だ、と言われながらも長いこと活動してくれて、これだけ解散するって言われているけどここまできたらもう解散しないんじゃないか?と思ったところで解散を発表した。
ビジュアル系では解散なんてよくある話で、それと同じぐらいに再結成もよくある話だった。なので解散ライブを終えたあとには友人たちと「再結成が楽しみだなー」なんて言いながら焼肉を食べたものである。
が、そのバンドは二度と再結成することがなくなってしまった。
二度と彼らの奏でる音を、歌声を、あの雰囲気を感じることができなくなってしまった。
それはメンバーの1人が死んだからだ。


 

バンギャにはよくある話だろう。後追い自殺を考えた。
どうやったら死ねるかな?
睡眠薬を大量に飲もうか、首を吊ろうか、線路に飛び出そうか、手首を切ろうか、どうしたら死ねるだろう。ああ死にたい。この世界に生きていたってあの音をもう聞けないなら死んだほうがましだ。死にたい死にたい死にたい。
そんなことを四六時中考えるくらいに私はそのバンドが好きだった。

一番死にたいと思ったのは、親に「そういえばお前の好きなバンドのメンバー死んだんだってな?大丈夫か?」と言われたときだ。
まさか親の口からそんな話が出てくるとは思いもしなかった。
なぜなら私は親にバンドの話をしたことがないからだ。なんで知ってるんだ、私がそのバンドを好きなことを。なんでそのバンドのメンバーが死んだことを知ってるんだ。
なんで?なんで?
そう思うのと同時に、ああ、こんななにも知らない私の親ですらメンバーが死んでることを知っているのは、それが現実なのか。これは本当に現実なのか。本当にメンバーは死んだのか。
と、現実を叩きつけられ、私は大丈夫と言いながら死ぬほど泣いた。
私とバンドだけだった世界に、親という現実世界が殴り込んできて、それが辛すぎて死にたくなった。


結局自殺未遂もすることなく、元気にいまも生きているのは、死んだメンバーの母親に会ったからだ。
「1人でもあの子のことを覚えていてくれる人がいて欲しい」
そう、言われて死にたいと思っていた私の気持ちは消えた。
私が死んだらあの人のことを覚えている人が1人減ってしまう。この遺された母親にあの人の話をしてあげることができない、遺された母親からあの人の話を聞く人間がいなくなってしまう。
そう思って死のうなんて考えは捨てた。
メンバーが死んでもう何年も経つけれど、いまだにメンバーの母親とは連絡を取り合っていて、毎年命日には花を贈り、母親からは感謝のメールと美味しいぶどうが届いたりする。
バンギャをしていたときはこんな風にメンバーの母親と話をする日が来るなんて思いもしなかったから、運命って不思議だなと思う。



まあ、そんなわけで、私はいつ人が死んでも後悔しないようにしようと思った。
いつ会えなくなっても後悔しないようにしよう。
それが根本にあるので、いまの推しがいつ死んでもいいように、いつ引退宣言してもいいように、私は自分が後悔しないように応援していきたい。
こう言うとバンギャ時代に後悔したのか?と思われそうだが、後悔はしていない。
私はバンドを必死に応援していたし、お金というお金はつぎ込んだし、人には言えないような仕事をして稼いだお金で高額なプレゼントを持って日本列島を駆け巡っていた。
後悔したといえば、もっと真っ当な人間になりたかったな、という後悔はある。
が、それを選んだのは自分だし、それをしていなかったらいま後悔に包まれてそれこそ自殺していたかもしれない。
もっと私がお金を使ってたらバンドは解散しなかったかもしれない、もっと私がライブに行っていたらメンバーは死ななかったかもしれない。なんて、馬鹿みたいなことを考えてたかもしれない。
私一人のお金で解散を止められるわけがない。
私がお金を使おうが、使わまいが、バンドは解散したし、メンバーは死んだ。
それはきっと変わらないし、変えられない。そういう運命だったんだと思う。
ただ、私が後悔はしなかった。それだけだ。


私が長いことバンドに通って、嫌というほど理解したのは人は簡単に死ぬということだ。
昨日までの当たり前が明日からは当たり前じゃなくなるということだ。
大好きな人が明日から私の知らないところへ行ってしまうということだ。
そしてもう二度と会えなくなってしまうことだ。
声を聞くことも、笑顔を見ることも、触れることも、なにもできなくなってしまうということだ。

 


私が私の限界で応援するのは私が後悔しないため。
私は私のことしか考えていない。
私が後悔しないだけの数の舞台を見て、私が後悔しないだけのお金を使い、私が後悔しないように推しを見守っている。
後悔は先には立たないとは、本当に本当にそう思う。
あのときああしていれば、こうしていれば、あれをやっていれば、ああ言っていれば、あそこに行っていれば、なんて後悔はしたらキリがない。
そうならないためにも、私は私が後悔しないようにこれからも推しを応援していきたい。
推しがいつ死んでも、いつ引退してもいいように。
楽しかったよ、と笑顔で言えるように。


いや、なんか話がそれた。楽しい話から後悔しない話になっている。
うん。でも私は後悔しないようにすぐ隣にある死を感じながら、推しを応援しているのは楽しい。
別に推しが死にそうなわけでも、引退しそうなわけでもない。たぶん。
推しが1日でも長く板の上に立っていてくれますように。

最近のマナーブームに乗って

最近鑑賞マナー、観劇のマナーに関するツイートが話題になっている。

最中にスマートフォンを弄ったり、飲食禁止の会場でものを口にしたり、友人とおしゃべりをしたり、過剰な声援を上げたり、前方が見にくい髪型だったり、帽子を被ったままだったり等々…。

どこにでもマナーを守れない人はいるんだから、多少譲歩してくれてもよくない?なんていう頭のおかしい意見を言ってる奴までいるのだから、鼻で笑うどころかその息の根を止めてやろうか、って感じだ。

なんでマナーを守れないやつに譲歩しなきゃいけないんだよ、糞が。

 

なんて思いながらツイートを眺めていたのだけれど、先日観に行った舞台でマナーを守れない奴に出会って(これが噂の!)と、ある種の感動を覚えた。

いままで何百回と観劇してきて、あそこまでマナーを守れない人は初めて見たなぁ…といっそ関心してしまうほどマナーもへったくれもないような人で、この人は開演前に流れるアナウンスを聞いてなかったのかな?とか、人生で初めて舞台を観に来たのかな?とか、色々マナーを守らなかった理由を考えてしまい、舞台そのものに集中することができなかった。

すごく楽しみにしていた舞台だったので、マナーを守れなかったその糞女の頭上に北朝鮮がぶっ放した核兵器がクリーンヒットしますように。誤差はその糞女の家、または実家でお願いします。

 

さて、そんな風にマナーを守れない人間が増えた理由を考えたのでちょっとまとめてみたい。

 

1.家でテレビを見ている感覚

よく言われるのが上記だと思う。

家でゴロゴロしながらテレビを見ているのと同じ感覚で舞台や映画を観に来ているから、それがマナー違反だと思っていない、という意見。

だからスマートフォンは弄るし、お菓子も食べる、ジュースも飲む。家の中だもんな、やるよな。わかるよ。

でもそれを外でやるのはマナー違反だってなぜわからないのだろうか(しかも舞台や映画は事前に注意事項としてアナウンスがあるにも関わらず)。

と、考えたとき恐らく「家の中(人の目がない)」と「家の外(人の目がある)」という概念があまりないのだろうなと思った。

人との繋がりが希薄だと言われる現代だから人の目なんて気にしてなくて、だからスマートフォンを弄るし、飲食はするし、お喋りもするのだろうか、なんて。

ちょっと前に流行ったバカッターが似たようなものかな、と。

あんなに外と通じてるものなのに、それがわからずツイートしてしまうのは外と中の意識がないんだろうなと私は感じた。

人の目を気にしすぎて萎縮してしまうのは可哀想なことだけれど、ある最低限の人間としてのモラル・マナーの部分では人の目を気にしすぎなぐらいが人生は損がないよ。

 

2.スマートフォン依存症

マナー違反で一番多いのはスマートフォンに関わることだと思う。

音を出すな、バイブモードもやめろ、タイマーは切れ、だから一番いいのは電源を切れって言ってるだろ。

どの劇場でも絶対にスマートフォンに関するマナーは言われるのに、守れない人が多いのはもうスマートフォンに依存してるからとしか思えない。

電源切ったらその人の呼吸も止まるんだ。

モバイルバッテリーが酸素ボンベ。

画面が暗くなったら、その人の目の前も真っ暗。

どうぞ会場内の数百人に迷惑をかけるなら、あなた1人が素直に呼吸を止めてそのまま依存症という病気とともに静かに安らかな眠りについてください。

 

3.怒られたことがない

マナー違反だよ、それ。

と、誰かに怒られたことがないんじゃないかな?と思う。

まあ、大体が叱るのは親の仕事で。そんな怒られないほど親子関係が希薄なのか、それとも親もマナーがないのか。

注意のアナウンスは所詮BGMでしかなくて、そのマナーを守らない行為によってどれだけの人に迷惑がかかって、どれだけの人が不快に思ってるかなんて、きっと想像できなんだろう。

だからマナー違反ができるんだろう(そうじゃなかったら私はなぜその人がマナー違反をしてしまうのか想像できない)。

だから、あたなのそのマナー違反の行為で私は迷惑したんですよ、不快だったんですよ、それはマナー違反というやつでみんなが守っているものなんですよ、ときちんとその人に向かって叱らないといけないんだなと思った。

 

ざっくり3つほど考えてみたんだけれど、ほかにマナー違反をしてしまう理由があるなら知りたい。

緩いところだと「まあ、いっか」と言う気怠いやつが一番のマナー違反をしてしまう理由なのかなと思うけれど。

 

 

そんなわけで(?)

あなただってマナー違反をした人だというレッテルをこれ以上貼られたくはないでしょう?と、思ったので、私は上記のマナー違反をした人に終演後注意をした。

 

マナー違反をした人の具体的なマナー違反は、スマートフォンを弄る、だったのだけれど、2時間程の上演で(なに?親でも死んだって連絡来てるの?)と思うほど頻繁に弄っていて心底びっくりした(実際はTwitter見てた)。

待ち受けがその舞台に出ている人で、この人は自分の行動がその人の高感度を下げていることに気がついていないんだなと思うと、待ち受けにされていた俳優さんが可哀想で可哀想で仕方がなくなってしまった。

●●ファンは上演中にスマートフォンを弄るファンがいる。

って言われてもいいの?

●●のファンはマナー悪いから、私の推しと共演しないで欲しい。

とか言われて、推しの仕事が減っていいの?

あなたの好きな俳優さんを、あなたが殺してるけど、それでいいの?

もうこんな風に舞台に立ってくれない、立てなくなってもいいの?

あなたのマナー違反ひとつで、そうなっても、あなたはそれでも構わないの?

なんて、思ったらしんどくて、辛くて、可哀想で、マナー違反をした人に「観劇マナー勉強してから出直してきてください」と言っていた。

上演中、注意しようかどうしようか色々考えて、こんな糞に注意するの面倒臭い~とか、私が注意する義理もねぇし~とか思ったけれど、でも、待ち受けにされていた俳優さんを思うと、あ~~~駄目だ、言おう。その待ち受けにされてる子の将来のために言うしかない、と思った。

これがもうちょっと若いときだったら言わなかっただろうけど、30歳になったら言えるもんだなとおばさんパワーに感動した。

歳を取ると面の皮が厚くなるのは本当だね!

こうやって注意されてマナー違反をした人は嫌な思いをしたかもしれないけど、それ以上にこっちは嫌な思いをしているし、それこそ待ち受けにされてる俳優さんはあの会場内で一番嫌な思いをさせらてるよ、きっと。

(ぶっちゃけ、暗転したときもスマートフォン弄ってたから、舞台上から見えたのでは?と思っている)

あの待ち受けを左右と後ろ5席の人は見れたはずだから、少なくとも私含む7人の口からは「●●のファンが上演中ずーっとスマートフォン弄ってて糞だった」って言ってるはず。

その7人が友達に言い、それを聞いた友達がまた友達に言い、Twitterに書き…って思ったら自分のやったマナー違反をどうぞ盛大に反省してください。

私だったら推しを悪く言われるなんて怖くて反省どころか、切腹か首吊りしたい。骨も残らないほどに燃やしてその二酸化炭素を爆破して欲しい。

 

 

 

 

 

 

待ち受けにされていた俳優さんの現場にはちょいちょい顔を出しているので、もしまたそのマナー違反をした人を見かけたら、「観劇マナー勉強してきたんですね!」って声をかけようと思います。

 

 

※観劇してから大分日にちは経っていますが相変わらずこれで苛々しているので言葉が悪くてすみません。文法も言いたいこともめちゃくちゃです。でもそれぐらいの気持ちにさせられたのです。

推しのイベントに行って来た話

 

を、書こうと思ったけど、推しファンの悪口しか出てこなかったからやめた。

 

推しのイベントに参加するたびに、ここは動物園か?って思うぐらい個性的な人が多くて、推しはこんなにイケメンなのになぁ、可哀想だなぁ、って同情してる。

整形しろとは思わないけど、せめてそのだらしない体型をどうにかしたり、ボコボコのお肌を整えるためにファンデーションを塗ったり、ボサボサの髪の毛にトリートメントぐらいしてからイベント来てあげなよ、と思った。

そんな個性豊かな人たちが集まるイベントを私は動物園と呼んでいる。

 

だけど、動物園のおかげですこしは自分がまともに見えるかなーと腹黒いことを思っているので、上記のようなことを思いつつも、動物園は変わらず動物園のままでいて欲しいww

 

デブと口呼吸と観劇

隣の席にデブが来ると最悪だよ、っていう話。

 

前々からデブの隣で観劇するのしんどいなーと思っていたのだけれど、ついに、本当に、舞台に集中できないほどのデブが隣に座ったので、いますぐ屠殺されてくださいと思いました。

人間ってあそこまで太れるんだ…と恐怖を覚えるほどのデブだった。

座席の幅に収まってないってどういうこと?なんで私のほうの肘掛けから肩が飛び出てきてるの?なんで脚を閉じている私の膝にあなたの膝が当たってるの?膝にサポーターでもつけてるの?なんなの?

と、理解できないほどのデブが座り、視界が遮られる、遮られる。背中を背もたれにつけているはずなのに、デブが視界に食い込んでくる。

 

そして呼吸音が煩い。

最初、いびきかいて寝ているのかと思ったら、違かった。

口呼吸をしていたデブはダースベイダーと同じようなシュコーシュコーという呼吸音を響かせていた。

身体が大きいと反響する音もこんなに煩いんだな、と劇場でなぜか人体の不思議を感じた。

そのデブはマスクをしながら観劇していたけれど、そんなに苦しいならマスク外せばいいのに…ただでさえデブで呼吸がままなっていないのだから…。

口呼吸って馬鹿がするものだと思っているので、デブで馬鹿で救いようがないなと思いました。

 

デブは観劇するなとまでは言わない優しさを持ち合わせているけれど、デブの隣で観劇したくないです。

お手紙の話

beeeni0825.hatenablog.com

 

この前の記事でお手紙について書く、と言ったので。

 

cz57.hatenablog.com

 

こちらの記事の内容を使わせていただきます。

お手紙厨だから他人のお手紙の内容が知れるの嬉しい!

 

 

宛名

フルネームに様。

便箋の書き出しも同じくフルネームに様。

 

書き出し

こんにちは、【本名フルネーム】と言います。

【舞台タイトル】初日おめでとうございます!(○日目ですね!)

書き出しはいつもこんな感じ。

名前は特殊な読み方をするのでフリガナふってる。私が名乗るのは個体認識して欲しいのと、これ以外の書き出しを知らないから。

大体が公演中に渡すんだけど、いつ受け取って、いつ読んでるかわからないから初日とか、2日目とか千穐楽とか書いて、これはいつ頃書いたやつですよーってわかるようにしてる。

イベントのときに渡すのは、今日は【イベント名】ですね!って感じ。

 

内容

公演中初日ならどんな舞台なのか楽しみ~とか、SNSにあがってる稽古の様子から感じるものを書いたりする。舞台に関する雑誌が出てたらそれを読んだ感想を書いたり。

観劇したあとなら感想。大体が褒めること。素人があれはよくなかったわ~とかダメ出しするのはちょっと図々しいかな、と。それにダメなところは演出家なり、推し自身が一番わかってると思うから基本言わない。それよりもいい!と思ったところをもっと伸ばして欲しいと思うから褒める。あの演技好き!あの仕草好き!あの台詞の言い方好き!の好き好き乱舞。

うまくなってたら昨日よりよかった~!とか、ますますかっこよくなってた!とか言う。

褒められて嬉しくない人間なんていないだろ、って思ってるので褒めちぎって、ちぎって、褒め殺す勢い。

原作がある舞台なら原作と舞台から感じたものの差(違い)を書いたり、ストレートならただひたすら思ったことを書く。

イベントならその前に観劇した舞台の感想や、SNSに対してコメント、雑誌の感想とか書いたりする。あと肝心のイベント楽しみです!って忘れそうになりながら書いてる。

 

締め

今後の予定が発表されてたら稽古頑張ってください。楽しみにしています。お体ご自愛ください。みたいな年寄っぽいこと言って締める。

なければ、ますますのご活躍を願っています。微力ながら応援できたらと思います。と、これまた年寄り臭いことを書いている。

最後に手紙を書いた日付と、フルネームを書いて終わり。

 

手紙を渡す頻度

公演中は観劇するときに絶対持っていく。持っていかないとか自分のなかで有り得ないので、どんなに時間がなくても絶対書く。開演5分前まで会場近くのカフェで書いていたこともある。それぐらいお手紙には必死。

事務所には送らないので、公演・イベントがあれば行くときは絶対の頻度。

 

手紙の量

2枚~20枚を行ったり来たり。

平均すると8枚くらいだと思う。

書きすぎなのは知ってる。封筒ぱっつぱつで、なんじゃこりゃって思うけど、枚数を減らすということができない。あれも書きたい、これも書きたい。あの感想伝えたい、これも伝えたいって思ってるとあっと言う間に10枚くらいになってる。

2枚は時間がなくて、仕方なく書き終えた2枚。なにを書いたんだ?っていうぐらい内容がなくて、もっと伝えたいことがあるのにー!と後悔する。

このお手紙についてという記事を書いている人たちがみな2、3枚で書き終えていることに感動するし、5枚以上書いてる人は頭おかしい、読む側の気持ちも考えろって言ってて、そのとおりだなって思った。

機会があれば推しに聞いてみたい。アホみたいな枚数の手紙どう思う?って。

 

手紙の種類

封筒は特殊。推しには封筒で認識されていることがわかったので、今後も変える予定はない。

それをパクられたくもないので、プレボに入れるときは忍びか?っていう勢いすでにプレボに入っているプレゼントで自分の手紙を隠すように入れる。絶対に見られたくない。

便箋は100円ショップで売ってる無地のやつ。枚数必要だからこれが一番便利。あと便箋忘れたり、足りなくなっても100円ショップはどこでもあるので、いつでも買える便利さがある。

シールは適当に可愛いなって思ったやつ。開けやすいように糊付けはしてない。

売られているレターセットは便箋10枚、封筒5枚の組み合わせが一般的かと思うんだけど、絶対に封筒が余るので買うことはない。もっと言えば、便箋が足りなくなる不安と、便箋のためにまたレターセットを買って封筒だけが溜まっていくので買わない。

可愛いなぁとか思うんだけど、使う機会はないんだろうな…

 

番外編:

この記事を書いている人の多くが、住所は書きませんって書いてて驚いた。返信が欲しいって思われても困るし…という意見があって、そうなの!?って。

住所って身分証明みたいなもので、書くものだと思ってた。書かないのが普通なのかな。

 

昔は下書きなんてせず、一発書きだったんだけど、最近はちゃんと下書きしてから清書っていう流れになってきてる。下書きはiPhoneのメモ帳に。これぐらい書くと、便箋にすると何枚かな~っていうのが大体わかってきた。清書する時間もこれぐらいかかるな、とか。

すごい時間がなかったときはメモをプリントアウトして封筒に入れたこともある。貧素な手紙だなーと思ったので、なるべくならこれはやりたくないな。

手書き文字より、パソコン文字のほうが読みやすいとは思うけど…

 

使うペンは履歴書向けのペンというのがあって、これがすごい書き心地がいい。

長時間握っていても疲れないし、インクの出が最高にいい。フリクションが主流かとは思うんだけど、私はこの履歴書ペン以外を使う気はない。

間違ったときが悲惨だけどね。便箋が淡いイエローを使ってるので、修正液を使うこともできずに、ぐっちゃぐちゃに塗りつぶすという…推しよ、ごめん。

 

 

文字を書くということをしなくなった昨今。

昔は書けた漢字が書けなくなり、字が下手になり、こんなで推しに手紙を書くなんて失礼極まりないな…と思っているので、ちょうどいい機会なので新年度は美文字になれるようにペン字でもやってみようか、と思ってる。

ほんとは年明けからやるぞ!と思っていたのにな…これは年度が変わってもやらなそうだ。とりあえずユーキャンのHP見よう。

若手俳優応援スタンス

若手俳優応援スタンス、なる記事を見つけて面白そうだなと思って、ほったらかしにしていたブログを書いてみようと思った。

私自身について

関東在住、三十路、根っからの追っかけ体質。
元々はオタクで腐女子。高校生のときにV系にハマってからは追っかけしないと死ぬ!という身体になってしまった…
10年近く追いかけていたそのバンドが解散してオタクと腐女子に出戻りしたけど、うっかり2.5次元なるものに触れてしまって再び追っかけ人生の幕を開けた。
お金はあればあるだけ使っちゃう。ボーナスとか瞬殺。バンドを追っかけてたときはライブのたびに数万円の服をプレゼントしてた貢ぎ体質も兼ね備えてる。
油断するとすぐにプレゼントしたくなるけど、若手俳優にはプレゼントしないぞ!(特別なときを除いて)と心に決めている。

推しさん

最近売れてる人。
売れてるのは嬉しいけど、チケットご用意されないことがあるとちょっとイラっとする。

好きになる基準

追っかけてたV系バンドの好きだった人に似てる。
パッと見は優しそう、穏やかそうなんだけど、実は性格悪いだろうな~って感じの人。喋り方とか、雰囲気とか。
あとは考えがしっかりしてる人。頑固っていうか、プライド高そうな感じ。

舞台を見に行く基準

推しが出てる舞台は仕事が休み、仕事終わりに行けるとこならほぼ。
当初の枚数より最終的に追いチケして最大数行っちゃうことになるから、最近は最初から最大枚数取ることにしてる。
推しが出てる舞台をいまのところつまらないと思ったことがないので救われてるなぁって思う。
推し以外は一人すごく素敵な演技をする俳優さんがいるので、その人のは最低でも1公演観に行くことを決めてる。まあ、これも結局追いチケしちゃうんだけど。
あと推しに出会った舞台のシリーズは絶対1公演は観に行こうって思ってる。

舞台などのイベントに行く基準

「後悔するなら金を使え」
行かずに後悔するなら、行って後悔しろ。と思っているので、ほぼ行く。推しが出てたらほぼ行く。仕事と被ってなければほぼ行く。

グッズを買う基準

パンフとブロマイドは絶対買うかな。その他はデザインと使いやすさによって。
グッズ厨ではないのでコンプに興味はない。ガチャも。譲ってもらうのとかも面倒くさいな~って思う。

雑誌、映像を買う基準

推しが出てる雑誌は複数買いが基準。
映像は絶対買う。
過去のものは欲しいな~と思ってるけど、いつも注文するの忘れる。

手紙/プレゼントについて

手紙は観劇するときは絶対持っていく。マチソワ観劇だったらどちらか。マチソワ間に時間あれば書いたりもする。テンションがぶち上がったら書いたりするけど、大体後悔する。
お手紙厨だからお手紙に必死。お手紙についてはまた今度詳しく。
プレゼントは誕生日に贈るぐらい。推しになにを贈っていいのかわからないし、好きなブランドは知ってるけどこだわり強そうだし、飲食物は差し入れ禁止の舞台多いし、ケア用品は腐るほどもらったって言ってたからあげるものがない。

普段の行動

家→職場→家、または行きつけの飲み屋。
お酒と煙草が好きで、ビールと日本酒と美味しいおつまみがあれば極楽浄土。
休みの日は推しが行ったところに聖地巡礼。雑誌の撮影で使ったところとか、推しの地元とか、推しが行ったごはん屋さんとか。
最近は背景モザイクな写真で場所を特定されないようにしてるけど、執念で特定してる。
暇があればTwitterで推しの名前をエゴサ。面白いツイートはスクショ。行けなかった舞台のレポを見るのは好きだし、レポしてくれてありがとう!と思うけど、行けなかったことに悔しさが出て来るからつらい。
ゲームしたり、読書したり、料理作ったり、掃除したりもしてる。洗濯大好き。

同厨/同担

全力で拒否。
V系バンドの追っかけだったときから被ってるのは無理だったので、年季入りすぎてこれから先同担と仲良くできるとは微塵も思ってない。し、仲良くしたいとも思ってない。友達と推しが被るのも無理。

 

応援するうえでの心づもり

推しだけがわかってくれればいい。

私がどんな風に舞台を観ていて、なにを思っているのかそれを知っているのは推しだけでいいので、舞台の感想をTwitterに垂れ流したりはしない。(楽しかったー!ぐらいは言うけど)

接触で推しとなにを話したかもレポしない。次に行く舞台の予定もツイートしない。身バレしないように必死。

服装と化粧には気を使っているつもり。正直推しの現場には「え?ここ…動物園?」って思うような人が多いから、推しの目にすこしでも人間に映るように努力している。汚ぇ!とか思われたくない…

あと、接触のときうっかりテンション上がって気持ち悪いことを言わないようにしようって思ってる。